ファイアーエムブレム風花雪月は集大成であり通過点である

 

3位ですって、風花雪月。

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長いことシリーズファンやってるけど正直びびった。
1位と2位はポケモン剣盾。
上位にポケモンしかいないってにわかに信じがたい。

 

SRPGというジャンルで2019年にこの位置を取れたというのは贔屓目に言っても出来すぎている。
「これはエムブレマーなら大満足の出来だな」というのはプレイしてすぐにわかったのだが、あれだけ取っつきにくいSRPGが新規層にここまでウケるのは正直全く読めなかった。
ファイアーエムブレム風花雪月はSRPGに革命を起こしたと言っても過言ではないのではないだろうか。

 

 

『風花雪月』の大成功を語るうえで、『覚醒』『if』の両作品に触れないわけにはいかないだろう。

これらの作品は必ずしも高い評価を得られているわけではないが、間違いなく『風花雪月』に繋がる伏線はあった。

『覚醒』

2012年に発売された3DSのソフト。
これが売れなければシリーズを畳む予定だったという話は有名だ。

そのため、シリーズの集大成と言われたりすることもあるが、個人的にはこの作品の位置付けは「挑戦作」だと思っている。

シリーズ最後の作品として「今まで」を詰め込んだ作品ではなく、シリーズの「これから」を見据えて作られたものだったのではないだろうか。

『覚醒』というタイトルは、間違いなく過去のシリーズファンではなく、新規層に向けられた作品だった。

キャラクターも現代アニメ風の味付けが施され、マップもSRPG玄人好みではない単純なマップ。それだけではない諸々もあって古参からの評判はいいものとは言えなかったが、狙い通り多くの新規層を開拓できた作品だったといえる。

ちなみに私もどちらかといえば古参にあたるのだが、覚醒については普通に楽しんでいた(特にマイナスイメージはない)けどあまり記憶に残っていない作品という印象だった。

だからこそ『覚醒』というタイトルの位置付けは「集大成」ではなく「挑戦作」と考えている。

『if』

『if』はひたすら二兎を追おうとした作品であるというのが私の印象だ。

ライト層とディープなファンの両方の期待に応えようとしたのだろうという要素が随所に見られる。
まず何といっても白夜王国』『暗夜王国』という2作品に分けたことがその現れであろう。ライト層向けの難易度では満足できないエムブレマーと、マニア向けの難易度では難しすぎるシリーズ初心者の双方を満足させようとした結果ではないだろうか。

評価としても、シナリオはともかくマップ難易度についてはかなり高いものであったように覚えている。

一方で、『覚醒』『if』とシナリオについては依然として課題が残っていた。

『風花雪月』

『風花雪月』は見事に二兎を捕まえた作品だ。

これは間違いなく『覚醒』『if』で二兎を捕まえることに失敗した背景があっての成功だろう。

二兎を捕まえることに失敗はしたが決して諦めなかった。それに10年近くかかってもである。私自身はどちらかといえば古参であるし『覚醒』『if』に色々思うところがなかったわけではないが、それがなければ今は無かったとは思う。

『風花雪月』のキャラ付けの妙

『風花雪月』がいかにして新規層と古参双方の心をつかんだかを語るのにおいて触れておかなければならないのが「キャラクター設定」についてである。

『覚醒』や『if』では特徴的だったのはわかりやすくアイコン的なキャラ付けであった。例えるならソシャゲのキャラクターのように属性ありきのキャラクター設定が目立った。それが時代に合っていたためアイコン的なキャラ付けは新規層の獲得に大いなる貢献をしたのだが、ストーリーありきでの世界観にあったキャラ付けを望む古参からはあまり好評ではなかった。

では『風花雪月』はどうだったか。

『風花雪月』はこのキャラ付けが抜群にうまかったのだ。

古参もライト層も満足させる味付け、興味を引かせるためのアイコン的なキャラ付けを世界観の中に綺麗に落とし込んだのである。

シルヴァンの女好きですぐナンパするチャラチャラした性格も紋章至上主義という世界観の重要な部分とマッチしたものであるし、リンハルトの常に眠そうな感じも考察を進めていけば、セスリーンの紋章と何らかの関係があってのものである事に気づく。

正直恐ろしいくらいにアイコン化しただけのキャラ付けが存在しないのである。それはもうメトジェイやアケロンの小物過ぎる性格にすら何か理由があるのではないかと思わせるくらいに。

愛されるキャラクターと戦争

さて、『風花雪月』は3つの学級にわかれてゲームが進む。

どのキャラクターも個性的で学園生活を進めていくとそれはもう愛着がわく。

スカウト機能を使わなければ、出撃させるユニットはクラスのメンバーでほぼ固定されてしまうほど少数精鋭となるし、ロストしてもまあいっかとならないのが今作の特徴である。(過去作の多くはロストしても大丈夫なように仲間となるキャラがとても多い)

ただこれ、「失った仲間は二度と戻らない」と謳う戦争や命の儚さをテーマとするゲームにおいては相性があまり良くない。

FEの醍醐味の1つはキャラロストとの付き合い方であるが、『風花雪月』みたいにキャラクターの1人1人が魅力的でしかも少数精鋭だとどうしても失ったまま進むことは難しい。

この問題を「まあ仕方ないよね」で終わらせなかったのが『風花雪月』のすごいところで、どうしたかというと、同じ学園で暮らした元仲間を敵として登場させることで疑似的にキャラロストを味わうことができるようにしたんですね~~~。

目から鱗というかなんというか、『風花雪月』は何兎も追って捕まえた素晴らしい作品なんだなとこういうところからも感じることができます。

ファイアーエムブレム風花雪月は集大成であり通過点である

『風花雪月』という作品は、前半で語ったように挑戦と失敗の上に完成した集大成であることは間違いないでしょう。

しかし、同時に次の作品へ向けた通過点でもあるわけです。

『風花雪月』から次はどのようなものが生まれるのか、期待は高まるばかりです。